原発避難67 〜あとふた月 2011年1月
2012-01-26


ウクレレが好きになりハワイアンカルチャーに興味を持ち始めました。今は家に放置されています。
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時々イタ飯を作っていました。
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周りに外国のカルチャーを気軽に感じる場所がないためにイタ飯は家族に好評でした。
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時折福島の浜通りにも雪が降りました。10cm以上積もる白銀の世界は珍しいのです。
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何気ない自然の美が昔からそこにありました。どや顔でやってきた原発も近くにありました。こいつは常に頭の片隅にある心配の種でした。まさか本当になろうとは。
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お日様が出れば温かく冬の最中でも春を感じることができました。
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2月が近づいて梅の花がちらほら咲き、希望の香りをほのかに漂わせていました。
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隣のいわな村からイワナ君を何匹か分けてもらって湧き水の池に入れて育てていました。
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春の解禁を待って道具を準備していました。第二の人生のささやかな楽しみごと。
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春よ来い♪早く来い! 楽しいことが待ってるよ。
そう思いながら寒さに耐える普通の日々でした。

そしてふた月が過ぎ春が来たのに・・・・。
とんでもないことが起こってしまいました。
恐れていたことが。

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